中央線高架事業は、土屋正忠(前)代議士が進めたのですか?と小金井市民~鈴木俊一都知事(当時)、JR東日本の松田常務(後の社長)、都議会では水村一郎都議(当時)のおかげです。私は武蔵野市長としてつなぎ役

中央線高架事業は、土屋正忠(前)代議士が進めたのですか?と小金井市民~鈴木俊一都知事(当時)、JR東日本の松田常務(後の社長)、都議会では水村一郎都議(当時)のおかげです。私は武蔵野市長としてつなぎ役

小金井市民より、開かずの踏切が解消して大助かりです。と声を掛けられた。

土屋さんがやったのですか?と。

「高架事業は東京都の事業で、国が750億円負担しました。」

「私は東京都とJR東日本に働きかけてつなぐ役でした。具体のきっかけは、東京都が1億円の調査費をつけて、JR東日本と共同で高架事業の調査研究を始めたことです。」

「その後、国土交通省もこの研究会に参加して、全体が動き出したのです。」

「私は、昭和63年12月にJR東日本の投資計画部長にお目にかかり、ぜひとお願いしたのがきっかけです。」

「その年の12月27日に、横田東京都副知事とJR東日本の実力者の松田常務が面会して大きく動きました。」

「その後も折々に国、都、JR東日本と連絡して、平成6年に都市計画、平成11年に事業着工した時は、とてもうれしかったです。」と簡単に答えた。

私は、高架事業のきっかけとその後の連絡役をつとめることが出来たことを誇りに思っている。