「2004年イラクの政権が倒れアメリカがイラクの憲法を作り、議会が承認した。1945年日本の敗戦後の日本もこのような成り行きだったのだろう―元外務省職員宮家邦彦氏」

「2004年イラクの政権が倒れアメリカがイラクの憲法を作り、議会が承認した。1945年日本の敗戦後の日本もこのような成り行きだったのだろう―元外務省職員宮家邦彦氏」

5月1日午後4時から憲政記念館で新憲法制定議員同盟の大会があり出席した。会長の中曽根康弘元総理も97歳で壮健。

記念講演で宮家邦彦氏が講演、イラク戦争の後、外務省から派遣されて多国籍軍司令部に勤務。

アメリカの外交官はアメリカでイラク人弁護士が憲法草案をつくっていると言っていたが、実際はアメリカが作ったのだと思う。

「アメリカの外交官と話していた時、吾々はドイツと日本の憲法を作り民主化したと語ったが、ドイツにはワイマール憲法があり、日本には明治憲法があった。20代の若い外交官がきて意見交換をした後、これからイラク指導者に民主主義を教えにいくと語ったが、イラクには3000年の歴史と文化があるとたしなめた。」

つくづく戦争に負けて憲法を占領軍がつくることのむなしさを実感した。

憲法は中味も大事だが、自らの手でつくるということが大事だ。

国の基本中の基本は安全保障、安全保障法制の整備が最も大切だと語った