福島フィフティと吉田昌郎、東電福島第一原発所長

福島フィフティと吉田昌郎、東電福島第一原発所長

東日本大震災が引き金となって、新たに発生した大事故が東電福島第一原発のメルトダウンという史上最悪の原発事故でした。

津波によって電源を失い冷却水が停止し、暴走を始めた原子炉を制御しようと命をかけて任務を遂行した吉田昌郎所長率いる福島フィフティの活動には只々深い感謝を捧げるばかりです。

すでに各種報道がなされ印刷物も数多いのですが、時系列を追って迫真に迫るのは文庫本で『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発』門田隆将著があります。数々の重い場面が続きますが、特に冷却水に海水を使うかどうかの場面が印象的です。

真水を使い切った後は冷却水として使えるのは津波が運んできた海水しかない。海水を注入し冷却を続けていると、官邸の意向を受けた東電本社から海水注入をストップしろとの指示がくる。海水の塩素に反応して核燃料が再臨界する可能性があるという素人総理の浅知恵だ。しかし、海水を注入し続けなければ冷却できない。そこで、吉田所長は事前に所員に命令する。「俺はこれから中止命令を出すが、それに従わずに海水注入を続けるように」と。そして、本社とのテレビ会議では「海水注入、停止」と命令を出す。吉田所長のこの決断によって海水注入は続けられ、原子炉の空焚きは避けられたのだった。

吉田所長は原発の暴走が始まると、600人いた所員を運転要員を除き20㎞離れた福島第二原発に避難させた。しかし冷却を続ける運転要員が必要だ。その時「誰が俺と一緒に死んでくれるかな」と考えたという。原発に残る運転要員のことを所員に告げると、所長が指名するまでもなく、続々と手が挙がったという。

事故翌年の8月に福島市内で民間団体が主催する原発事故を振り返る集会があり、私は参加した。その会合で吉田昌郎所長のビデオインタビューが紹介された。吉田昌郎所長は、何も言わないうちに運転要員に次々と名乗りをあげる所員をみて「末世の時に地から湧き出る菩薩がいる。所員の姿が法華経で言う地湧菩薩に見えた」と感慨を述べています。

チェルノブイリ原発事故の処理はソ連の軍人が従事し、30数名の犠牲者が出ました。西洋的考え方では、このような甚大で深刻な事故は契約外だと言って辞める労働者がいても不思議ではない。しかし、福島原発事故では所員が次々と志願して吉田所長は選別に困るほどだったと語っています。

吉田所長以下の人々の行為を、世界の人々は驚嘆と尊敬を込めて「福島フィフティ」と呼称しました。日本を破滅から救った人々を私は終生忘れない。自分が危機の場面に遭遇したら、どのような態度をとっただろうかと自省しつつ。