毎年9月4日を教師の日に定め優秀な人材が教師の道に進むよう社会的評価を高めようー自民党文部科学部会文科省へ申入れ

毎年9月4日を教師の日に定め優秀な人材が教師の道に進むよう社会的評価を高めようー自民党文部科学部会文科省へ申入れ

明治5年1872年9月4日当時の文科省から「学制」が公布され、日本の近代化が始まった。

この学制が極めて優れいるところは教育の対象を「人の営むところの事」すべてにわたるものであると定めると共に「一般の人民華士族、農工商及び婦女子」と江戸時代の士農工商の身分に関係なくかつ女性も対象にし全国民を念頭において学ぶべしと発布されたのである。そして有名な「邑に不学の戸なく家に不学の人なからしめん事を期す」と述べている。明治の初期は五か条のご誓文から始まり、大政奉還、版籍(土地と人民)奉還、廃藩置県、秩禄処分(武士の俸給を米から銭に」と革命的出来事が次々と断行されたのだが、その最初に国民皆教育が掲げられたのは明治の人達の「教育こそ国の基」との固い信念と将来に対する展望が示された歴史的快挙である。西欧列強が植民地としたところでは植民地の民族に教育を与えず文盲にしておくことが人民の分割統治のイロハだったと考えると今日の繁栄はこの時から始まったのである。以来147年の歳月が流れたが今日の課題はいかに優秀な人材を教育界に送り込み、教師として養成するかである。

一般的に好景気となると教師の志望者が減り、採用倍率が下がる傾向にある。全国47都道府県と大多数の政令市で教員採用しているが最近の傾向はいずれも採用倍率が下がっている。

自民党政調文部科学部会では、9月4日教師の資質向上と社会的評価の向上をはかる待遇改善や研修の充実、働き方改革など文部科学省に申入れすることになった。その中で象徴的項目として9月4日学制発布の日を教師の日に定めることにした。ちなみに国連では10月5日「教師の日」としているという。