キリストの生誕劇を視てトランプ大統領のエルサレムをイスラエルの首都との発言を深く考えた

キリストの生誕劇を視てトランプ大統領のエルサレムをイスラエルの首都との発言を深く考えた

児童養護施設のクリスマス会にお招きを受けて、子ども達の演ずるキリストの生誕劇を観た。

幼児と小学生低学年中心の小劇だが、ベツレヘムに救い主が生誕したことを皆が一生懸命演じている。ひたむきな子ども達を見て、ふとトランプ大統領の「エルサレムをイスラエル首都と認定し米国大使館を移す」という発言を考えた。

3年前夏に国会議員有志でイスラエル、エルサレムを訪問した。杉原千畝氏の胸像をホロコースト記念館に贈るためだ。

その時、エルサレムにはユダヤ教の聖地嘆きの壁とキリスト教の聖地聖マリア墳墓教会、少し離れてイスラム教の岩のドームが共存していることを実感したアブラハムを共通の始祖とするユダヤ教、キリスト教、イスラム教、共通の「救い主」はいないのか?